長らく愛用していたリバースのロッカモデルに別れを告げ、Marcello Iveを新しいパートナーに迎えることになりました。
「Marcello Ive 2004」
私の使っていた楽器はリバースと陳昌鉉さんの楽器なのですが、どちらも気に入っていてソロやオケなどいろいろなところで弾いてきました。どちらもとても弾きやすい楽器で、また音色も良いのでピアノ伴奏でのソロやオケのTuttiでは実に不満のない楽器でした。
しかし最近オケでソロを弾くことが増え、音色だけでなく大きなホールでの音の通りも必要になってきたのですが、持っている楽器はどちらもそこが少し弱く、音色を犠牲にしても少し音量重視の楽器が欲しいと思っておりました。また持っている楽器のどちらもG線が素晴らしくE線がおとなしいという似た傾向であるため、GとDを捨ててもAとEが鳴る楽器を求めていました。
一年近く前の2012年5月、友人のお店チャキ弦楽器さんに生徒を連れて訪れた時、おすすめされて印象的だったのがこのMarcello Iveの2004年作でした。その時はGとDはダメだけどE線がよく鳴るなということと、形は好きだけどニスがやや黄色っぽくてフルバーニッシュなのがいまいち、という印象でした。
フルバーニッシュっていかにも新作ぽくて、アンティーク処理を適度にしてくれたほうがそれっぽいというか、よくわからない楽器というか、ごまかしが利いて良いと思ってました。プレーヤーも先生も学生さんも(!)、みんな良い楽器をお持ちですからね・・。
で、つい先日、生徒の楽器選びのついでに再度チャキ弦楽器さんで自分のための楽器も見せてもらうことにし、前に好印象だったMarcello Iveに加え、比較のためCarlo Vettoriもお借りしてしばらく弾いてみました。
ちなみにMarcello Iveさんはクレモナの製作家で1962年生まれ、1988年にはクレモナのトリエンナーレコンペティションのヴァイオリン部門で優勝しています。製作数が少ないためか日本にもあまり入ってきておらず、なかなかお目にかかれない楽器であります。
さて弾く前にじっくり眺めてみると、このIveは前回ストラドパターンだと思い込んでいたのが、デルジェスパターンでした。いやそんなのじっくり見なくてもわかるもんですが、思い込みって怖いですね。ボディサイズは356mmでデルジェスとしては大きめ。まあ許容範囲かな。造りの精度はすごいの一言。おそらく現在のクレモナ作家の中、いやそれ以外を含めても精度はトップクラスではないでしょうか。特にF孔の造り、スクロールの見事さは見ていて惚れ惚れします。まあ精度が良ければいいというものではありませんが、これはこれで魅力です。
「Marcello Ive 2004」
ニスも前回の記憶では黄色だと思い込んでいたら明るめオレンジで、そんなに違和感なく。フルバーニッシュもずっと見ているとこれはこれで自然かなと。むしろアンティーク処理がなんか小細工というかイミテーションに思えてきて、フルバーニッシュもなかなかいいのではと思うようになりました。
で、音。最初はA線とE線が良く鳴り、下の2つが曇って良く鳴らないと思っていたのが、弦をドミナントに張り替えてしばらく弾きこむと以外にも下も鳴るようになってきて、一週間くらいでDが一番響くようになりました。テンションの弱いアルミ巻きなのに。そうなるとE線がちょっと物足りなく感じたりして・・。
でもこの楽器で実は一番良いと思ったのがコントロール性。ピアノからフォルテまで思うままに発音することが出来、ヴィブラートやシフトなど左手のニュアンスの変化にも実に忠実。こんなに思うように表現できる楽器は弾いたことがないかも。しかも通常、弾きやすい楽器というのは反応が良い反面、弓圧や弓速の限界や許容範囲が狭かったりするのですが、駒寄りで追い込んでいったりしてもちゃんとついてくるし、ノイズも出そうと思えば出せるし量もコントロールしやすい。
重音もほとんどの音程で実にストレスなく鳴るというのも魅力でした。たいていはどこかが鳴らしにくかったりするのですが、ブルッフ3楽章の冒頭も、ヴィヴァルディ秋1楽章のソロ冒頭も3度が気持ち良く鳴ります。鳴らしにくくていやらしい3度が続くウィーン奇想曲なんかもこの楽器なら弾いてみようかなと思えるくらいです。
お借りしたVettoriと比べると、正直楽器そのものの音色は完全にVettoriの勝ちです。ただ、E線の上の方の音量や遠鳴り、さらに自分が弾いた時のヴィブラートや右手のニュアンスで創る音色まで含めるとやはりIveかなと。確かに良い音色の楽器は魅力ですが、音色は奏者が創るもの、というというのが持論ですし。
遠鳴りといえば、遠鳴りって不思議な現象でどうしたら遠鳴りするのかというのは私もよくわかりません。倍音が多い?少ない?偶数倍音?いろいろ説があるようですし。ただ一つわかったことは、遠鳴りは音圧だけでなく聞き取りやすい音かというのが意外と重要だということです。
先日、妻がとある大ホールでオケのソロを弾いたのですが、妻のフレンチの楽器が絶好調で普通に弾いたら木管や金管に埋もれてしまうはずのVnソロの音が「そんなに大きく弾かなくてもいい、ホルンより大きい」となんとホルンを圧倒したという大戦果を収めたそうで。参考までに家の楽器と弾き比べたのをR-09で録音してみたのですが、波形で見える限りの音圧レベルは大差ないんですよね。ただ、あえてR-09を別の部屋にセットし、漏れ聞こえる音を録音してみるとあら不思議。波形上の音圧はあまり差がないままなのに、聴覚上は聞き取りやすいというか近くで弾いている感じがするのです。理屈はわかりませんが遠鳴りのヒントの一つをちょっとだけ得たような気がします。ちなみにIveはそのフレンチの次に聞き取りやすく感じました。
まあそんなことせずにホールに行けば早いのですが、弦を変えたり細かい調整をした時などある程度家でもシミュレーション出来れば便利ですしね。他にもノイジーな楽器が遠鳴りするパターンもありますし、その辺の判断が出来るように勉強していきたいものです。
「Marcello Ive 2004」
ということで大分脱線しましたがいろいろ考えた上、Vettoriの音色に後ろ髪を引かれつつもIveに決めました。
あご当ては美しい模様のCrowson ガルネリタイプが付いていましたが、やはり自分には合わず弾いていて疲れるので自分仕様のルジェーリタイプに付け替えました。ちなみにあご当ては付け替えるだけだと板の隆起にコルクが合わないことが多いので、自分で削って合わせる必要があります。最初手抜きしてそのまま付けたのですがやはりコルクが合ってなくて板に変なストレスを掛けるのか、演奏可能な範囲でどんなにゆるく取り付けても明らかに響きが死んでしまいました。コルクを削って合わせたらゆるめでも普通に締めても(といっても演奏できる最小限の締め付けにするように心がけてます)、全く問題ありませんでした。
「もとのコルクが薄かったため、一枚足してから削ってます」
またこれは別途記事を書きますが、アジャスターもチタンのものに換えたところE線の倍音が良い感じに増しました。
ちなみにMarcello Iveは島根恵さんが2003年の楽器でレコーディングしたCDをいくつか出されております。島根さんほどの方に使って頂けているというのは、やはり何かピンと来たところがあるのかもしれません。モデルは同じデルジェスパターンのようですね。
今回の楽器選びにあたり、チャキ弦楽器の店主である茶木さんとお伺いするたびに延々数時間楽器論を語ってきたのですが(トータルでは数十時間話しているかも)、今回はその茶木さんと私のイメージがピタリとはまった楽器でした。良い楽器を紹介してくださってありがとうございます。良い楽器選びは良い楽器店選びから、ですね。
しばらく眠っていた楽器のようなので、これからどう変化していくか楽しみです。まずは5月の「英雄の生涯」のソロ、大ホールにIveの音が響きわたってくれるのが待ち遠しいです。
「Marcello Ive 2004」
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