カーボン弓 Arcus A4

ヴァイオリン

先日、生徒さんのセカンドボウ選びでカーボンも良いのではということでいつかお借りして比較してみました。

Carbon fiber Bows

お借りしたのはArcus A4(16万)を2本、フューメビアンカのS/E(7.2万)、それと比較対象としてうちのCodabowのDiamond SX、その他フェルナンブーコの弓をいろいろ弾き比べました。

Carbon fiber Bows

Carbon fiber Bows

まずはカーボンの基準としてうちのDiamond SX。

Codabow Diamond SX

7年経ってますが心配された劣化もほとんど感じず、音はそれなりではあるがコントロール性など弓の基本性能は同一価格帯の木の弓より遥かに上、というなかなか優秀な弓です。

ただ難点はスティックが強すぎるのか弾き心地も音も少々硬質で、しなやかさや曖昧さが足りないように感じます。特に弓元でソフトな音は出しづらいです。鋭い音が欲しい時は本領発揮しますが。でも定価10万の弓としては非常に優秀で、コル・レーニョの多い曲や、メインの弓の毛替えや修理時のサブの弓として活躍しています。細部の仕上げも綺麗で質感も高いです。

Codabow Diamond SX

Codabow Diamond SX

Codabow Diamond SX

次にお借りしたフューメビアンカのS/E。

Fiumebianca S/E

ブラウンの木目調仕上げでパッと見は木の弓に見えます。ラインナップ最上位でも7万ちょいとお安いです。フューメビアンカは2~3万の弓は弾いたことがあり、値段以上だなと思いつつもサブ弓としては物足りない印象がありましたが、これはなかなか良かったです。Diamond SXに比べると音は良くいえばマイルド、悪くいえばデッド、まあ音の面では正直感心しませんが、コントロール性はDiamond SX同様なかなか優秀です。スティックの強さはDiamond SXよりも柔らかく、強さのバランスとしてはむしろ好ましいです。弓元での音の立ちは鈍いですが、タッチはマイルドでこの辺は好みが分かれそうです。

Diamond SXと比較すると機能面では好みの範疇、音の面ではややフューメビアンカが不利とはいえ値段を考えるとむしろお買い得なくらいです。ただ、一つ残念なのは細部の仕上げ。スティックのフロッグ周辺の8角形のエッジが丸く、面も綺麗でなく、弓の先端の仕上げも塗料がはみ出していたりと雑です。写真ではちょっとわかりにくいですが塗装も安っぽいですし、フロッグの質も・・。

Fiumebianca S/E

Fiumebianca S/E

Fiumebianca S/E

このあたりを見てしまうとDiamond SXとの差を感じてしまうので、見た目を気にする人はDiamond GX/SXを、気にしない人はフューメビアンカをむしろお買い得と感じるでしょう。

そしてArcus A4。

Arcus A4

Arcusはソナタ~カデンツァとかつては名前でグレード分けされていたのですが、最近は3~9のグレードを表す数字と、弓のタイプを示すS,A,P,Mというアルファベットの組み合わせになっているようです。今回のものはA4というものですが、Aは軽量(47g)&バランス型、4は下から2番め、売れ筋のラインナップとしては一番下のグレードを表すので、実質かつてのソナタの標準的なものに近いかもしれません。

以前にもArcusは弾いたことがありますが、その時の印象同様に今回もとても良い弓だなと感じました。弾き始めは軽さゆえに違和感を感じたり心許なかったり弓先が暴れたりするのですが、慣れてくると弾きやすさの方が目立ってきます。特に弓を持ち上げる動作、弓元で弾くなど弓先の重さを感じる場面では弓が半分くらいの重さに感じます。また面白いのが弓元でのタッチが非常にマイルドなのに軽いタッチで音が立ち上がるところで、これは木の弓にはあまりみられない特性です。

また音に関しても非常に倍音豊かで、この辺はDiamond SXやフューメビアンカと全く異なります。正直昔はArcusの下の方のグレードにここまで良い印象がなかったのですが、少なくとも今回お借りした2本のArcus A4は、それを弾いたあとにDiamond SX、あるいはフューメビアンカに持ち替えると明らかにマットな音色で音量も残念なくらいに落ちます。Arcusは明るくノイズが少なく、しかも倍音豊かに楽器がよく鳴るのです。よくいう「カーボン弓は音が悪い」というのをこの弓にはまるで感じないばかりか、この弓を「カーボンだから音が悪い」というだけの木の弓はいくら出せば手に入るのか、と考えてしまいます。もちろん良い音というのは何を基準にするのかというのもありますし好みもあります。オールドボウのようなしっとり感やシルキーな音はもちろんしませんし、そもそもそのような音色のオールドボウでコンディションもよくコントロール性に優れた弓は非常に高額ですので比較対象としては間違っているでしょう。あくまで他のカーボン弓や高価でない新作弓と比べて良いかどうかを考えるべきです。

見た目は潔く木の弓っぽさを捨てています。ブラウンに染めることも、ありがちな平織りの化粧カーボン地が見えることもなく、半光沢の地肌むき出しです。フロッグも独特の形状ですし、スティックも中空のために太く、弓先周りも大振りです。ただ加工は非常に精度が高く、スティックのフロッグ周辺のエッジ、面、チップ周りの加工などDiamondシリーズ以上です。

Arcus A4

Arcus A4

Arcus A4

木の弓に慣れているといろいろ違和感があるのですが、これだけ潔いとこれはこれでありかなと思わせるものがあります。

という具合で木、金と2日間いろいろ取っ替え引っ替え弾きましたが、3本のカーボン弓の中ではやはりArcusが一番に感じました。ただ、スピッカートやソーティエ、リコシェといった跳ばし弓では慣れが必要そうに感じたのと、もう少し使ってみないとわからないところもありましたので、ちょうどメインの弓と楽器を調整に出していましたし、翌土曜日の南相馬でのオケ本番で使ってみることにしました。ちなみにコバケンとその仲間たちオーケストラももう52回目だそうで、ちょっと驚きました。

演奏曲目にコル・レーニョが頻繁に登場する小林先生の「夏祭り」があるため、それがある前半は自分のDiamond SXを、後半はArcus A4で弾いてみました。

Arcusをオケで弾いてみるとビックリするのはppのコントロール性の良さです。普段ソロでは使わない音量、弓速、弓圧をオケでは多用しますが、そういったppな動きが非常に楽でした。Tuttiでメロディを弾いた後にソロが入ってきてスッと音量を落とすときなどもとにかく楽なのです。それとこれもソロにはあまり出てこないトレモロや刻み。速度自由なトレモロはともかくテンポに乗せて弾く非常に速い刻みは右手が間に合わなくなったりするものですが、軽いのでそういう動きの時に楽でした。肩の調子が悪いこともあって非常に助かりました。リコシェはやはりちょっと慣れなくて苦戦しましたが・・。

ということで本番をDiamond SX、Arcus A4で弾いてきましたが、価格差を入れても明らかにArcus A4が良かったです。生徒が買わないなら自分が欲しいくらいです。持ち替えもArcusへは少々慣れが必要でしたが、通常の重さの弓に戻る時は2~3分とわりとすぐ慣れますので問題になりませんでした。弾いた瞬間は「重い!」と思いましたが。

翌日曜日に生徒さんにも試奏してもらったり音を聴いてもらったりして、結局Arcusに決まりました。本番も含めて弾いてみた私からすると倍以上の価格差を考えてもせっかくお金出すのですから満足の高いArcusで正解だったと思います。軽さへの違和感もあまり感じていなかったようでわりとすぐに弾きこなしていたので、相性も良かったのでしょう。また、現在右手に力が入る課題があるので、軽いArcusを練習用の弓として使うのもありだと思います。

今回短期間ではありますがカーボン弓のArcus A4、フューメビアンカ S/E、Diamond SXの比較が出来ました。この中では明らかにArcus A4が良かったですが、以前Arcusを試した時は最上級のカデンツァは良かったものの、A4と同じグレードに相当するソナタにはここまで良い印象はありませんでした。最初からA9とA4を分けて作っているわけでなく、出来た中から音響テストをして選別しているそうなので歩留まりの改善によって品質の底上げがされたのでしょうか。少なくとも今回試したArcus A4は選別で外したもう一本も含め、どちらも自分で欲しいと思うくらいに気に入りました。

それとDiamondシリーズ上位のGX、こちらも出始めの時に試した時はあまり良い印象がなくあえてSXを選びましたが、それから様々なGXを弾いているうちに印象が大分変わりました。SXに比べると硬さが幾分かとれてしなやさかさを持ち、コントロール性はSXと同等ということで、やはり今はGXの方が上だと感じます。GXはSXに比べると少し鈍さのようなものがあり、それがうまく立ち上がりをわずかに曖昧にして木の弓のような自然さを生み出しているように思います。以前試奏した時はおそらく松脂が多すぎ&粘度が高すぎてGXの立ち上がりの鈍さが目立った、またノイジーさが強調されてしまったのでしょう。

ただなんとなくなのですが、Diamondシリーズももしかしたら数年前のものから細かい改善があるのかもしれません。最近のものほど良い印象があり、先日店頭で弾いたGXに思わず買い換えたくなりました。国内での販売元のクロサワさんで伺った所、GXの方がカーボンの配合率が高いとのことでしたが、メーカーのサイトにも書かれていないのでどの程度違うのでしょうかね。

それから今回お借りしていませんが弦楽器フェアで弾いたヤマハさんのYBN100。同一のグレードで重さとバランスを5種類選べるというものでなかなか興味深いものがありました。試奏して一番気に入ったのは重さとバランスがど真ん中のM2という面白くない結果になりましたが、見た目も弾き心地も極力カーボンぽさを排除した弓に感じました。見た目は木目調のスティックから細部のパーツまで大変美しく、それだけで欲しくなります。同じ木目調でもフューメビアンカ S/Eとは雲泥の差があります。弾き心地もカーボン弓ではかなりしなやか傾向で、音もコントロール性もカーボンとしては一番木の弓に近いように思えました。違和感がない反面あまり個性もなく感じますが、カーボン弓としては褒め言葉でしょうか。ただ、見た目があまりに美しすぎて10年20年経って劣化してきた時に風合いがどうなるかが心配です。Arcusのように飾り気のない地肌むき出しなら最初から気にならないのですが。今回は比較できなかったので、今度ヤマハさんの店舗に自分の弓を持って行って弾き比べてこようかなと思います。

いずれにせよ、今私が15万くらいの予算でカーボン弓を選ぶとしたら迷わずArcus A4にするかと思います。セカンドボウとして使うことになりますが、選択肢として木の弓を入れてもやはりコル・レーニョや様々なコンディションにも強いカーボンのArcusを選びます。Diamondシリーズなども良いですが、比べてしまうとArcusの音、弾きやすさは圧倒的です。

ただ、15万円でメインの弓を選ぶ場合は悩みますね。本当であればもう少し予算を足して木の弓を選びたいところですが、自分が使う分には15万ならArcusを選ぶのも十分ありだと思います。

ただし、ヴァイオリンを初めての方、あるいは初心者の場合はやはり通常の弓のバランスに慣れてもらうためにもできるだけ木の弓を勧めます。後々のセカンドボウになることを見据えてカーボンにしたいという場合もDiamond GX/SXかフューメビアンカのような木の弓に近いものが良いと思います。これだけArcusを褒めておいて何ですが、Arcusだけに特化した弾き方になってしまって木の弓に戻れなくなっては困りますので、ちょっと初心者にはArcusをお薦めできません。問題が起きない可能性もありますが、まだ実績がないのでリスクを取るべきではないと私は思います。通常のバランスの弓を使いこなしてからArcusを手にするべきでしょう。

もちろん先生の指導のもとで相談して購入する場合は良いと思いますし(そもそも初心者が自己判断で楽器や弓を買うのは全くおすすめしません)、体の負担を軽減する必要など特別な事情がある場合や、ある程度基礎技術を習得している中上級者などにはArcusは良いと思います。また上級者でなくても他にメインとなるような良い弓をお持ちであれば、セカンドボウとしてArcusも面白いと思います。

Arcusは通常の弓と違う部分も多いのでやや使い方が難しい面もあります。ですが素晴らしい弓だと思いますし特性を理解した上でニーズにハマればこれに代わる弓はありません。すっかり私も欲しくなってしまいました。

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