さて前回の続きですが、今回は魂柱調整のお話です。
陳昌鉉さんに作って頂いた魂柱は木目が細かく詰まったとても古い材料で、見るからに音が良さそうです。Iveには少しだけ短かすぎると思って使っておりませんでしたが、なかなか手に入らない材料ですしいよいよ試してみることにしました。
最初は表板に気を遣って表板にぴったり合わせ、魂柱下の裏板側が少しだけ外に出るように軽く斜めに立ててみました。魂柱がやや短くなったため魂柱の横位置は全体的に外に(E線方向)に立ちますが、その影響なのか材料の特性なのか、それまでの音の濁りやマットな感じ、ルーズさが一気になくなり、澄み渡るクリアな音に。やはりあのマットな感じは魂柱か・・。レスポンスも俊敏で音の立ち方も鈍重な乗用車からレーシングマシンに乗り換えたかのよう。音量も増して刺激的な好みの音になり感激。E線はきらめきG線もタイトでどんなに圧力をかけても付いてくる。素晴らしいの一言です。
ただ、その後翌日、翌々日とさらにパワフルになっていくのと同時に少し発音がシビアに変化していき、その後はあまり変化がないものの一週間以上経ってもシビアさはおさまらず、レッスンの時にお手本で弾くA線の開放弦ですらひっくり返りやすく神経を使うほど。ちなみにこの時の魂柱の前後位置はその前の魂柱の時と同じ駒から3.5mmですが、前の魂柱で2.5mmまで寄せた時によく似ています。
この3.5mmの状態でもさすがに弾きにくいので、まずは試しに4.5mmくらいまで離してみました。しかし音がおとなしくなるだけでシビアさは変わらず。
そこで無理に表板にピッタリ合わせて斜めにしていたのをやめ、ほぼまっすぐにするのと同時に、少し緩めに立ててみました。魂柱の表板側が若干外に逃げ、表板のカーブもきつくなるので結果的にはそんなに面の問題もなさそうですが、魂柱の外位置が駒足のエッジにそろうかわずかに外なので、魂柱の短さとしてはかなり限界かもしれません。
で弾いてみると全体的に少しマイルドになり、発音のシビアさは激減しました。音もクリアなままで、少しだけ倍音は減りましたが依然十分でE線の輝きも失われていません。A線のお手本開放弦も問題なし(笑)。G線D線はあのタイトな感じからはうってかわってルーズな感じになり、柔らかく深みのある音。まあG線D線は音のフォーカスが甘くなり倍音も減っているので特にG線は音の通りは少し落ちている感じはありますが、軽めの弓圧でも音が出しやすいのでとにかく弾いていて気持ちが良いです。近くで聴くとG線の音量が、遠くで聴くとE線の音量があるように聞こえる感じです。G線のフォーカスが甘くあまり弓圧をかけられないのは少し気になりますが、G線からE線まで病みつきになりそうな弾きやすさで、家で一人で弾くなら最高のセッティングかもしれません。シベリウスの協奏曲2楽章の最初のSul-Gのフレーズ、最高音のFまでこんなに気持ちよく弾けたのは初めてです。
その後、その状態でいろんな曲を試奏したりオケ本番などもこなしたりして2週間ほど経ちましたが、弾き心地の良さを得た反面やはり少し音のフォーカスの甘さが出てしまうようです。近くで聴くとボリュームがありますが、離れて録音するとやや大人しすぎました。あっちを立てればこっちが立たずですね。
そこで再度魂柱を3.5mm位置まで戻し、きつさも少しきつめにセットしました。するとG線D線のフォーカスも改善し、A線E線のブリリアントさも増しました。発音のイージーさは少し失われましたが、魂柱が斜めの時のようなシビアさはなくA線のお手本開放弦も問題なし。
その後もブルッフやブラームスの協奏曲などに出てくるような激しい3和音で音が潰れないか、E線がどこまでも気持ち良く伸びるか、シベリウス協奏曲2楽章のG線のハイポジションも発音できるか、などいろいろチェックし、このあたりがちょうど良いバランスかなというところです。微調整後の魂柱位置は、前後方向が駒から3.5mm強で裏板側がわずかに前に出る後傾、横方向はほぼ垂直で位置は駒足のエッジよりわずかに外、というところです。現在の魂柱で良い状態なのでいじる必要はありませんが、魂柱の横位置は通常駒のエッジより少し内側(1~2mm)と言われているので少し長めの魂柱も試したいところです。同じ材料で1mm長い魂柱、欲しい・・。
気がついたら私のIveには陳昌鉉さんの駒と魂柱が。Iveを購入した時はもうお亡くなりになられていたのでこの楽器に合わせて作っていただいたものではありません。でも結果的に楽器にとって最良の駒と魂柱となっているなんて不思議です。私が将来手に入れる楽器の分の駒と魂柱まで見越して作って下さったのでしょうか・・。
「f字孔から見える陳昌鉉さんの魂柱」
ちなみにこの魂柱では前の魂柱であったような音の鈍さ、マットな感じはどのセッティングにおいても現れず、クリアさと音の響きが大幅に改善されました。少なくともIveとの相性はこちらの魂柱の方が明らかに良いようです。前の魂柱は音がクリアすぎて面白みのない楽器などに合うのかもしれません。
しかし魂柱は本当に難しいです。材料、長さ、太さなど魂柱そのものによる差もそうですし、立てる時の位置や角度による変化もあります。少し斜めになった時は位置が変わるだけでなく魂柱の上下の圧力中心も移動するので、魂柱を1mm垂直のまま移動するよりも裏板側だけ1mm移動する方が音の変化が大きいように感じました。傾いていた駒を真っ直ぐに直した時に感じる音の張りなども駒足の面圧の変化で駒と魂柱のみなし距離が変化しているからではないかと思いますし、魂柱が傾いた場合もおそらく同様でしょう。もちろん使った魂柱の面の削りなども影響していたかもしれません。そういった要因を排除するために魂柱は表板裏板にぴったり合わせて削り、垂直に立てるということが基本になるのでしょうが、楽器にダメージを与えない範囲で魂柱を傾ける、あるいはあらかじめ面の削りになんらかの角度を持たせる、というのも調整の技術なのかもしれません。
ちなみにそれら魂柱の位置以上に音に影響すると感じられたのが魂柱のきつさでした。しかもセットした直後から翌日、翌々日とどんどん変化していきます。特に最初の3日間は非常に変化が大きいですが、ベストなきつさにするには一週間以上経った時にどう変化するかを予測してセットしなければならず、今良い音がするだけではダメなようです。新しい魂柱を立てた時は一ヶ月とかそれ以上変化するでしょうね。
今回わかったことは、「まだわからないことがたくさんある」ということです(笑)。またちょっとやそっといじったくらいで何かをわかったような気になれるほど単純なものではないということもわかりました。正直今回斜めから垂直にした時の変化に対して完全に理解することは出来ませんでした。表板側、裏板側の接点がそれぞれ移動し、さらに面も微妙に変わっているでしょうから圧力中心も変化しているはずです。それらが同時に起こるので変化するパラメータが多すぎて、どの要素がどれくらい影響しているのかわかりませんでした。
ただ、シンプルな部分もあり、弾いた時に感じる楽器の問題を解決するのにある程度方向性を感じられるようになったことは確かです。実際、大きく調整が外れている生徒さんの楽器であれば、弾いた印象と測った魂柱位置などからの調整の方向性のイメージと、実際に調整した後の音の変化はかなり一致するようになってきたように思います。まずはそういった部分を少しずつ増やしていくようにしようかなと思います。
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