弦楽器製作家 陳昌鉉さん

ヴァイオリン

2012年5月13日、私のヴァイオリンの製作者でもある弦楽器製作家の陳昌鉉さんがお亡くなりになられました。

陳さんと初めてお会いしたのは2003年の弦楽器フェアだったでしょうか。楽器の調整について熱く語る姿に共感し、工房に自分の楽器を持ち込んで調整して頂いた時の「鳴り」に驚かされたのを思い出します。

以来、自分の楽器の調整をお願いしておりましたが、こちらの細かな要求に対して納得いくまで調整していただいたり、楽器についてのお話で盛り上がったり、生徒さんや友人なども含め、いろいろお付き合いさせていただきました。

2005年には陳さんの楽器を購入しましたが、その時も最初はグァルネリ型を借りたら相性が合わず、ストラド型に代えてもらって「あんたはやっぱりストラドだなあ」なんていう会話をしたことを懐かしく思い出します。

工房に行く度に新しい楽器を出してきて「ちょっとこれ弾いてみて。どう?」「これとこれどっちがいい?」「どう違う?」「どういうところが足りない?」などといつも意見を求められました。普通80歳にもなる、ましてVSAで金賞をとった経験豊富の職人でしたら私などのような若輩者に意見など求めず「これが良い楽器だ」と出してきそうものですが、謙虚に楽器の音を追求するそのひたむきさには本当に頭が下がる思いでした。

楽器に対するその情熱からは本当にいろいろなことを学びました。特に、せっかく上手くいったものを崩してまでも新しいことにチャレンジしていく姿はなかなか真似できることではなく、70歳の時に「今日の私は昨日の私よりも上手い」と言い切ったヴァイオリニスト、ミルシテイン氏に通じるものを感じました。

2005年のすみだトリフォニーでのジョイントリサイタルにもお越し頂き、製作者の前でヴィターリのシャコンヌを演奏できたことは素晴らしい経験となりました。

陳昌鉉 2005年製

私の楽器は2005年製で、ストラディヴァリの1716年製Mediciをモデルにしたもの。テールピースは前端に陳さんの手彫によるレリーフ入り。音がクリアでとても弾きやすく、軽いふわっとした弓圧から重いベタッとした弓圧まで的確に反応してくれる楽器です。先日も5/6に杉並公会堂でマーラーのソロを弾いたのもこの楽器です。

調整についてもいつも研究されていて、行く度に「また新しい方法をみつけたんだよ」と言って新しく魂柱を作ってくださったり。クローソンの顎あてが形は好きだけど重いんですといったら、見事に裏掘りをして軽くしてくださったり。本当に細かいことまでお世話になりました。

最後にお会いしたのは2011年の秋。ストラディヴァリをとても尊敬していらして、その時も「僕もストラディヴァリのようにこれからもっともっと良い楽器を作るんだ」とおっしゃっていました。

最近体調が優れないとのことでお伺いできずにいたのですが、気になって5/14にお電話したところ奥様から訃報をお聞きし、しばらく放心状態になってしまったのですが、その足でお通夜に行って参りました。とても安らかで、きっと今も次はどう作ろうか、どう調整しようかとヴァイオリンのことを考えているんだろうなと、そんな気がしました。

「海峡を渡るバイオリン」でも綴られているようにとても苦労をされた方ですが、最後まで職人で在り続けた、まさに生涯現役。自分が80を超えた時に何かに情熱を注いでいることが出来るかどうか・・・でもそうあれたらそれはとても素敵なことでしょう。

先日の八千代台のでのコンサートも陳さんの楽器を使用しています。

陳さんが亡くなったあとも、その魂は楽器に宿って生き続けています。今後もいろいろな場所でこの楽器で演奏をし、そして次の奏者の手によって新たな人生を歩むその日まで、弾き続けていきたいと思います。

陳さん、本当にお世話になりました。そして本当にありがとうございました。

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